不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

心臓と左手/石持浅海

心臓と左手  座間味くんの推理 (カッパ・ノベルス)

心臓と左手 座間味くんの推理 (カッパ・ノベルス)

 恐らく出世作である『月の扉』に登場した座間味君が、公安刑事の知り合いと新宿で一杯やりつつ、主に「公安に目を付けられるような」集団内で生じた殺人事件の謎を解き明かす。これまた安楽椅子探偵ものである。
 テロリズムに染まる人間は、その根幹において純粋である。純であるから暴力を厭わないほど何かにのめり込めるのだろう。従って(かどうかは正直よくわからんが)座間味は基本的に、関係者の心理的側面からアプローチをかける。犯人がとったとされている行動がその心理に即して納得できない、ゆえに真実は他にあるはず、という理屈は極めて脆弱であり、畢竟その推理も脆弱な思い付きにならざるを得ない。思考実験としては面白いが、確信を持って「これが真相だ!」とは断言できないはず。だがそれを断言する座間味君は――まあ「俺は人の心がわかるんだ」と信じ込む程度には純なのだろう。しかし不思議と違和感はないのは、先述のようなテロリズムの「純」と、人の心がわかると思う「純」がマッチングするからである。
 理屈そのものは通っており、「なぜそれが真相だと言い切れるのか?」といった点では弱いものの、推理を楽しむことはできる佳品である。個人的には『Rのつく月には気をつけよう』よりも高く評価したい。
 ただし最終話の「再会」は、登場人物全員があまりにもアレ過ぎて困った。生理的嫌悪感を抱いたことを告白しておきたい。狙ってやったのであれば、凄い作家だと思う。