不壊の槍は折られましたが、何か?

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動乱2100/ロバート・A・ハインライン

動乱2100 (ハヤカワ文庫SF―未来史3)

動乱2100 (ハヤカワ文庫SF―未来史3)

 未来史シリーズ第三弾。収録作品は少なくて、わずか3作品である。
 その中で最長なのは「もしこのまま続けば」で、実に250ページ近くある。宗教的預言者専制下に入ったアメリカを舞台に、その教団の“主の天使隊”に所属していた童貞の「おれ」が、修道女に恋をして、今の体制に疑問を抱き始めるという作品である。半ばなし崩しにレジスタンスに加入することになるのだが、その後の展開は、ハインラインの得意技《自由を求めて頑張るぞ!》である。波乱万丈の展開はさすがにうまい。主人公はそれまで当然と思っていたことが、単なる圧制の結果であったことに気付いて唖然とする。そして地下組織の構成員たちの「普通の生活」に最初のうちはなかなか馴染めない。作品の中で直接言及もされるが、この話は「自由を知らない人が自由を求めて戦うことの難しさ」をテーマとしており、なかなか深いことも語られる。ただしハインラインなので、もっと深刻な展開もあり得ただろうところ、あくまでかなり楽観的な見通しを提示する。このあっけらかんとしたところが、この作家の良さの一つだ。
 次の「疎外地」では、「もしこのまま続けば」の専制体制が打ち倒された後のアメリカ社会が描かれる。ある事件を起こした主人公は社会的協力を拒否し、疎外地と呼ばれる無法地帯に放り込まれることを望むのだったが……。読み終わると、なるほど、あの体制の反省からこうなりますか、と納得できるのだが、最初の方は社会がまたぞろ自由を疎外する方向に動いているように見えるだろう。この作品では、自由とは何かについてハインラインが一席ぶっているわけで、読み応えはある。
 最後の「不適格」は本短編集では一番軽く読める作品である。自然に数学理論が直感できてしまう若き天才A・J・リビイが登場し、小惑星帯での基地建設現場で活躍する。ハインラインは、ややこしい数学理論を捏造するといった手間は全くかけない。単にリビイの計算が迅速かつ正確であり、工事に大変役立ったことを矢継ぎ早に語っていくだけなので、文系人間にも楽しく読める。
 以上3作品いずれも好調であった。ドラマティックで明るい小説が揃っているので、何も考えずに読んだら非常に楽しめると思う。