不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

リガの犬たち/ヘニング・マンケル

リガの犬たち (創元推理文庫)

リガの犬たち (創元推理文庫)

 スウェーデン南部の海岸に、ゴムボートが流れ着く。中にはスーツ姿の男の射殺体が2体。彼らはバルト三国の国民ではないかと推察され、クルト・ヴァランダー率いる捜査チームは、ソ連邦*1経由で連絡を取り、捜査協力を得ることに……。
 リガはラトヴィアの首都だったはずだが、ヴァランダーって確かスウェーデンの警察官だったよなあ……と思って読み始めたのだが、シリーズ第2作にしてかくも早々と海外展開するとは思わなかった。動揺しているとはいえ未だ社会主義体制下に組み込まれているラトヴィアにヴァランダーが乗り込み、当地で捜査をするのだが、これがなかなか面白い。西側と全く異なる社会と社会観を持つ人々との、あるようでなく、ないようである意思疎通に隔靴掻痒しながら、ヴァランダーは強い疎外感を味わう。リガの人々が、それでもなお社会主義体制に不満を抱き、西側に憧れを奥床しく示すのもまた大変素晴らしい。まさにこの時代にしかなかった、微妙な空気が如実に表されていると評価できよう。すぐ近くの超大国が軋む、その不安感は、(不景気もあって)恐らく当時のスウェーデンには濃厚に漂っていたのではないか。
 しかし、そのような巨視的な展望を見せつつも、主人公の中年刑事ヴァランダーの行動原理が、結局のところ下心と分かちがたく結び付いていることも、実に印象深い。
 というわけで、第2作も素晴らしかったです。次も行きます。

*1:物語の舞台は1991年2月であり、当時はソ連邦はもちろん存在しており、そもそもゴルバチョフ失脚を狙ったクーデター未遂もまだ起きていないため、バルト三国は独立を宣言しておらず、ソ連邦内諸国の先行きも未だ不透明な時期であった。