サトシ・マイナス/早瀬乱
- 作者: 早瀬乱
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2008/03
- メディア: 単行本
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多重人格ものではあるが、サイコ・サスペンスでは全くない。本書は稲村サトシという、22歳の青年の自分探しの旅路を描く作品であり、登場人物は基本的にいい奴ばかりで、作者がサトシはじめ登場人物に注ぐ視線はあくまで温かい。物語の行き着く先は(当然ながら、かつ、残念ながら)サトシのトラウマだが、そこに肺腑を抉るような生々しい痛切な感情は据えられていない。作者の所作はあくまで上品であり、《深刻なドラマ》を直裁に描く場面ですら、一種飄々とした洗練された風情を保つ。ここら辺は伊坂幸太郎に通じるものもある。
興味深いのは、そもそもサトシの多重人格は、自作の25項目リストを忠実になぞった結果生じたものであるということだ。要は自力で、ある程度能動的に多重人格になったのである。このとぼけた設定もまた伊坂幸太郎に通じるところだが、この変な設定ゆえに、通常「おぞましい狂気または病態」として描かれる多重人格が「奇妙だが悲しく健気な純真さ」として打ち出されているのは面白い。