ゴールデンスランバー/伊坂幸太郎
- 作者: 伊坂幸太郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2007/11/29
- メディア: ハードカバー
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伊坂幸太郎の集大成にして最高傑作の登場である。
まず指を折るべきは伏線回収である。本書は作品内の事件の全てが解き明かされるタイプの作品ではないが、代わりに、細かいエピソードが後半どんどん回収されていき、首相暗殺犯と目された男の逃走劇を綺麗にまとめるのである。それが後ろに繋がるような伏線として使われるとは……といった場面が終盤は続出するのだ。情緒面の落とし前を伏線回収で着けるに及び、その周到さには舌を巻かざるを得ない。再読する度に楽しめそうですらある。質量ともに凄まじいこの伏線乱舞に、読者は圧倒されることだろう。特にエピローグは本当に素晴らしい出来栄えを誇り、千枚の大作を見事に締めている。
かくて物語は完結するわけであるが、振り返ってみれば、本書が成長を多面的に描いた物語であったと痛感させられた。一種のディストピアになりかけていると設定された仙台を縦横無尽に駆け抜けて、主人公・青柳はひたすら逃げる。彼は大学を卒業して8年、つまり30歳を超えており、学生時代の恋人とは6年前に別れている。元恋人を含めた学生時代の仲間は、結婚していたりいなかったり、子供がいたりいなかったり、宅配ドライバーよりも安定した職に就いていたりいなかったりと、全く異なる境遇にある。学生時代、彼らは同じような生活を送っていた。だが今は全く違うのだ。しかしそれでもなお、かつての仲間が主人公を助けるべく動いてくれるのである。今がどうあれ、自分たちが仲間であった事実は未来永劫変わりがない。だからこそ、長らく連絡を取らなくても、絆は厳として存在する。これが読者の胸を揺さぶるのである。そして、差を付けていたはずの仲間も、差を付けられていたはずの仲間も、そして学生時代の仲間ではないが主人公を様々に助けてくれる人々も、本書の敵、つまり巨大な権力の前では等しく塵芥なのである。だが塵芥にも根性がある。一寸の虫にも五分の魂。たとえ逃げるしかなかったとしても、これは紛れもなく自分の、そして彼を本気で助ける人々の、全てを賭けた戦いの記録に他ならない。
プロットは完全にエンターテインメントに徹しており、最初から最後まで波乱万丈、実に楽しく読める。だがあえて、伊坂がこれまで何度か見せてきた、衆愚と扇動を敏感に批判する視点が確固としていることにも注目すべきである。娯楽性や主要登場人物の個人事情のみを描くのではなく、こういった政治向きの要素を、拒否反応のトリガーになってしまうリスクを冒してまで盛り込む姿勢は、伊坂の真摯さの表れとして肯定的に評価したい。
そんなこんなで、とにかく読んで欲しい一冊である。滅茶苦茶気が早いが、来年末の各種ベスト企画には確実に顔を出すだろうし、出さねばおかしい。