不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ショコラティエの勲章/上田早夕里

ショコラティエの勲章 (ミステリ・フロンティア)

ショコラティエの勲章 (ミステリ・フロンティア)

 絢部あかりが勤めている老舗の和菓子店《福桜堂》神戸支店のすぐ近くには、千客万来のショコラトリー《ショコラ・ド・ルイ》があった。バレンタイン・シーズンにその《ショコラ・ド・ルイ》で起きた万引き騒ぎをきっかけに、あかりはそこのシェフ長峰と知り合いになる……。
 洋菓子とその職人たちにまつわる、6つのエピソードを集成した連作短編集である。ミステリとしての強度は弱く、ネタの印象も薄い。しかしながら、ここで注目して欲しいのは、描かれている人間模様の鮮やかさである。その人間模様が浮かび上がるのがいつか――謎に対応する真相として出て来るのか――はどうでもいい。ミステリに絡めていようがいまいが、「鏡の声」と「七番目のフェーヴ」に描かれる、人間の病的な執着は実に残酷かつ怖いものである。また、その後の四編で描かれる《職人のシビアな世界》もまた素晴らしい。スイーツの繊細だが甘い味にそぐわない、襟を正さざるを得ない矜持が、人間ドラマとしてクリアに、臭くなく描き込まれている。食べる側の人間が立ち入れない、という敷居の高さを冷酷に提示するのも、実にいい。
 というわけで、作者の実力には確かなものがあり、他の作品も読んでみたくなった。文句を言うとすれば、「鏡の声」と「七番目のフェーヴ」は菓子職人との関連性が薄いと言わざるを得ず、一冊の本としては若干バランスが崩れているということだが、まあこれは些細な疵だろう。ミステリとしてはともかく、単純に、いい小説である。
 ついでに申し添えておくと、シリーズ・キャラクターの恋話コイバナなどの、読者に対する余りにもあからさまな《餌》を撒いていないことも賞賛しておきたい。これがないからこそ、職人の世界を描く筆がグッと締まり、そのストイックさがより強く伝わってくるのである。