不壊の槍は折られましたが、何か?

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ルイザと女相続人の謎/アンナ・マクリーン

ルイザと女相続人の謎―名探偵オルコット〈1〉 (創元推理文庫)

ルイザと女相続人の謎―名探偵オルコット〈1〉 (創元推理文庫)

 世界中で愛されている『若草物語』の作者ルイザ・メイ・オルコットは、若き頃、名探偵だったのだ! 『ルイザと女相続人の謎』はその名探偵オルコット・シリーズの第1弾である!
……などと言われて食指が動くミステリ・ファンは、ディープな『若草物語』ファンを兼ねている者を除き、存在しないはずである。『若草物語』や作家オルコットに関するトリビアと、キャラクター性で何とか保っている話だと思ってしまう。そして、巧緻なミステリを期待する人はほとんどいないはずだ。しかし本書は、伏線回収がナイスな、非常に良質の推理小説なのである。
 1854年ボストン。作家を目指すオルコットは、ハネムーンから帰って来たばかりの友人ドロシーに会いに行く。しかしドロシーの様子はおかしいし、夫や親族との関係も悪化しているように映った。やがてドロシーは急死、不審に思ったオルコットは、調査を開始するのだった。
 先述のように、本書のミステリとしての売りは、伏線回収の巧みさにある。従ってネタバレをせずには詳述できず、申し訳ないがこれ以上言えないので、代わりに、別の魅力を紹介しておこう。本書ではオルコットが『若草物語』の着想を得たと思われる場面が頻出するが、それらを完全に無視しても、非常に読み応えのある小説に仕上がっている。特に前半では、上流階級の人物に対するルイザの皮肉な視点*1が強調されている。しかし次第に、貧富の差や女性蔑視の考え方に、彼女なりに真剣に考えて反発心を抱く様が前面に出て来るのだ。そしていずれにせよ、しかし彼女が他の人物に注ぐ視線は、性別、貧富、幸不幸、社会的地位の有無を問わず、全てにおいて上から目線であり、こう言っては何だが、オールド・ミスへの道を驀進しているようでなかなかに楽しい。作品全体の雰囲気が非常に真面目なものであることも確かで、主人公がオルコットであるという設定に一切頼らずとも、十分に登場人物とそのドラマ、殺人事件をしっかり描いた佳品と断言できる。早急にシリーズ第2作の訳出を望みたい。

*1:ただし、両親が施しをやり過ぎるので貧しくなったとはいえ、オルコット家自体は十二分に上流階級に食い込んでいる。市長にも面が通っているし、対等の友人は、揃いも揃って生活水準が一定以上であることには注意すべきだろう。