もう誘拐なんてしない/東川篤哉
- 作者: 東川篤哉
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2008/01
- メディア: 単行本
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関門海峡を股に掛け、奇抜な狂言誘拐劇が始まる。ギャグとユーモアを交えた非常に軽いノリで進み、物語のテンポとリズムは非常に良い。キャラクター面でもリーダビリティを確保する方向で調整されており、ギャグ漫画に出て来るような《典型的》《戯画的》な人物を活き活きと描き出す。致命的なまでの悪人がほとんどいないのも特徴で、どんなキャラにもそれなりに可愛げのある(または情けない)シーンが用意されているのも素晴らしい。翔太郎と絵理香の間に甘酸っぱい気配をほとんど流さないのも、これはこれで見識であろう。ただし、本書のギャグで言及される実在の固有名詞は古色蒼然たるもので、作者が68年生まれともういい歳こいたおっさんであることを強く意識させる点でいただけない。本書の主人公と考えられるのは翔太郎(20)、絵理香(17)、皐月(絵理香の姉、25)の3名だが、こういった若者の物語において、出て来る実在の固有名詞が全部古いというのは(この三名が固有名詞を口にしているわけではないものの)、本書が真にキャッチーでポップなユーモア小説になることを阻害している。もっとも、組事務所にハリセンが常備されている時点で、作者はいつものようにギャグ・センスに対する苦笑を誘っていると解釈することも可能ではある。
ミステリとしては、大トリックこそ出て来ないものの、構成が実にうまい。何ということもない部分に伏線を埋め込む手腕は、相変わらず感服する。本格ファンは一定の満足を得ることができるだろう。