不壊の槍は折られましたが、何か?

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2001年宇宙の旅/アーサー・C・クラーク

決定版 2001年宇宙の旅 (ハヤカワ文庫SF)

決定版 2001年宇宙の旅 (ハヤカワ文庫SF)

 あまりにも有名な作品である。さすがに再読で、(私としては珍しく)映画も見たことがある。
 本書はクラークの象徴である《壮大なランドスケープ》が遺憾なく発揮された名編である。登場人物の造形は素描程度にとどまっている*1ため、全読書人が感情移入するタイプの作品ではないかも知れない。しかし本書で示されるクラークの視点のクレバーさには、やはり痺れざるを得ない。「高度に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない」とのクラークの主張が、モノリスの圧倒的な科学技術の描写によって見事に実証されているのである。しかしそのプロセスこそ不明ながら、事象の理由と結果はしっかり説明され、明快に理解できる。これが映画との最大の相違点である。キューブリックは、説明を極力排し解釈の余地を残すことで、SFを突き抜けて《映画芸術》そのものの深奥に踏み込んだ。しかし本書では、科学技術が人類にとって超越的としか見えないにもかかわらず、それでもなお見通しの良い理知の世界で全てを処理している。この素晴らしいバランスが、クラークの作家としての揺るぎなさを照明しているのである。
 なお、モノリス水準の科学に人類は全く及ばないという作中の《現実》を、クラークは絶望ではなく希望として捉える。このオプティズムもまた、クラークの見逃せない特徴の一つだろう。
 まああまりゴタゴタ言っても仕方がない。SFの高峰の一つとして、強くおすすめしたい。

*1:とはいえ、映画に比べるとHALはよりシンパシーを寄せられる存在となっている。HALの最期のシーンでは切なさがよりはっきり打ち出されるのだ。