不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

Y氏の終わり/スカーレット・トマス

Y氏の終わり (ハヤカワ・ノヴェルズ)

Y氏の終わり (ハヤカワ・ノヴェルズ)

 大学院生アリエルは、研究対象としている作家の幻の著作『Y氏の終わり』を手に入れる。この本は呪われているという噂があったが、実際に読んでみると、主人公が不思議な薬品を飲んで人の心の世界に入るという内容であった。薬品の作り方も書いてあったので、アリエルはこの薬を試しに作って飲んでみることにする……。
 SF+幻想小説+サスペンス+哲学小説+寓話、というこれまた結構な無茶をやらかす作品である。各要素の比率はこれまた等配分。今月の早川はこんなんばっかかい。しかし『Y氏の終わり』は全てが非常に/とても/圧倒的に丁寧な作りで、強引な印象を抱く人は稀であるはずだ。基本的に物語はヒロイン・アリエルを追うのだが、アリエル自身のリアルかつ落ち着いた人間描写を貫徹する一方、緻密でスケールもなかなか大きい世界観を提示する。この二つをかほど見事に両立させた作者の筆力には、素直に脱帽である。非常に自然に読み進むことができるのだが、冷静になって考えてみると、あの冒頭からこんな展開は予想できません!
 読み応え抜群であると同時に、非常に読みやすいのも嬉しい。これには訳文の功績も大であるが、とにもかくにも素晴らしい作品だ。小説好きは必読の傑作といえよう。