不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

マリアの月/三上洸

マリアの月

マリアの月

 現在絵筆を取っていない青年洋画家・本庄淳史は、アートワークの指導をするため訪れた知的障害者更生施設《ユーカリ園》で、天才的な画力を持つ、22歳の美しい娘・河合真理亜に出会う。彼女は8歳の時に崖から転落、頭を打って、言葉が一切喋れなくなってしまったのだ。淳史が施設の人間と交流を深めるうちに、真理亜は不気味な絵を描き始める。それこそが、8歳の時に目撃した殺人事件の犯行場面であったのだ……。
 極めて奇妙な読み口の作品である。西村健に代表されるバカ・アクション小説に出て来てもおかしくない壮大極まりない《敵組織》と、その無茶苦茶な計画がある。ところがその一方で、とても繊細で流麗な文章により、物語は感傷的に語られるのである。要はバランスが狂っており、読んでいてどうも落ち着かない。
 脳にメモリ・チップ入れた殺し屋、世界の支配者を目指す敵幹部A(ただし組織トップではない)、黙っていればわからない場面でマリアに殴りかかって全てを台無しにする敵幹部B、真理亜を機密保持のため殺すとか言っている割には組織の息がかかった施設で14年間も世話したり、敵組織の息がかかった市長の宣伝用マスコットにしようとするなど、どうにも敵がアホなのである。味方はというと、人間としてはマトモだが、要のシーンで超展開が続出し、これまたいただけない。真理亜の絵が天才的なのはいいが、。ミケランジェロも、ジョットも、この作品の前には児戯に等しいと書かれたらドン引きするのが人情だし、主人公が絵筆を使わないようになった事情の解消はあまりにもご都合主義である。「俺この事件終わったらピュリッツァー賞取るんだ」という死亡フラグもいかがなものか。
 初登場時に「妖精」とさえ錯覚される美しい重度障害者にして天才画家、訳ありの主人公、十四年前の恋人殺害を追う記者など、「泣き」に繋げられる要素を多数配しているし、文章自体は結構うまいので、泣ける読者もいるかも知れない。
 帯には、ときわ書房本店の宇田川哲也氏の「この類まれなる豪腕と繊細の両翼には、本当に惚れ惚れする」という言葉が付されている。本書の特徴を非常によく言い表していると思われ、誉めるとしたらこれ以上の表現はできまい。