不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ブランディングズ城の夏の稲妻/P・G・ウッドハウス

ブランディングズ城の夏の稲妻 (ウッドハウス・スペシャル)

ブランディングズ城の夏の稲妻 (ウッドハウス・スペシャル)

 エムズワース卿の甥とコーラス・ガールの身分違いの恋。卿の秘書と卿の姪との恋。卿の弟は、功成り名を遂げた紳士たちの恥ずかしい過去を暴露する回想録を執筆中。いずれにも反対確実な卿の妹。だが当主のエムズワース卿は、相変わらず愛すべき豚の養育しか頭にないのだった……。
ジーヴス・シリーズ》において、バーティ・ウースターは、自身非常にお間抜けなことを仕出かすものの、基本的にトラブルの当事者ではなく、当事者に振り回されたり、彼らに助力しようとして事態を更に紛糾させる。また、彼の執事ジーヴスは全ての状況を客観的に把握し、冷静にその解決を図る存在として、いわば《裁定者》の立場にある。物語が(ほとんどの場合)バーティの一人称で進む以上、小説内のトラブルは読者にとって間接的な印象が付きまとうはずだ。
 ではこの長編『ブランディングズ城の夏の稲妻』はどうか?
 基本的に、主要登場人物は全員トラブルの当事者であり、直接の利害関係人である。複数いる視点人物もまた例外ではなく、読者は小説内のトラブルに遥かに直接的な印象を持つはずである。従って切迫感も強いものとなる。一方、状況を俯瞰する人物はいないため、物語全体の見通しは《ジーヴス・シリーズ》ほどクリアではない。いずれを取るかは読者の嗜好にもよろうが、ミステリ読者は恐らく《ジーヴス・シリーズ》の方により強く惹かれるのではないか。
 とはいえ、本書で見られるユーモアの数々も相変わらず素晴らしい。状況の整理や、ユーモアをじっくり味わうために、丹念に読み進めるのが良いだろう。爆笑してしまう箇所もいくつかある。まさに極上の喜劇、読書家全てにおすすめしたい。