不壊の槍は折られましたが、何か?

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大鴉の啼く冬/アン・クリーヴス

大鴉の啼く冬 (創元推理文庫)

大鴉の啼く冬 (創元推理文庫)

 北海に浮かぶイギリス領のシェトランド島で、イギリス本土から引っ越して来ていた黒髪の少女キャサリンが殺害される。数日前、彼女は金髪の友人サリーと共に、知能に多少の障害がある老人マグナスを尋ねていた。マグナスは8年前の少女失踪事件でも犯人ではないかと疑われている人物である。彼が二度目の殺人を犯したのか? それとも他の人間が殺したのか? だが誰もが知り合いの小さな町で彼女を殺すどんな理由があるというのか? ペレス警部の捜査は難航する。2006年英国推理作家協会賞受賞作。
 大鴉が舞う冬の曇天といった風情の、重苦しいムードが特徴だ。住民が数名、入れ替わり立ち代わり三人称で視点人物を務めるが、彼らは皆個人的な事情を抱えており、鬱々として楽しまぬ日々を送っている。これがねめまわすように描破され、何ともいえない味わいを醸すのだ。筆致があくまで格調高いのも良く、読者には重厚な物語を読んでいるという実感が付き纏う。多視点による重層的な人間描写やプロット設定も素晴らしい。読者としても、じっくりと、舐めるように読むべきである。総じて非常に読み応えのある作品であり、その性質を考えると、ひょっとするとアン・クリーヴスはP・D・ジェイムズの後継者と言えるかもしれない。もちろんジェイムズ云々を別としても実力者であることは一目瞭然、今後も注目すべき素晴らしい作家である。とりあえず未訳作品を次々に紹介していただけないでしょうか?