不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

病める狐/ミネット・ウォルターズ

病める狐〈上〉 (創元推理文庫)

病める狐〈上〉 (創元推理文庫)

病める狐〈下〉 (創元推理文庫)

病める狐〈下〉 (創元推理文庫)

 裕福な養父母の館で休暇中の陸軍工兵隊大尉ナンシー・スミスは、ある日、弁護士マーク・アンカートンの訪問を受ける。ナンシーの実母は、イングランドの小さな村シェンステッドの有力者ロキャー-フォックス家の娘エリザベスだった。ナンシーの祖父にあたる当主のジェームズは、エリザベスや彼女の兄レオに家督は継がせられないと判断、ただ一人の孫となるナンシーに会いたがっているらしい……。一方、そのシェンステッドでは、数ヶ月前、ジェイムズの妻エイルサが死亡していた。近所に住む噂好きの主婦2人は、エイルサはジェイムズに殺害されたとして、嫌がらせ電話をかけ続けている。そんな中、怪しげな移動生活者トラヴェラーの一味が所有者不明の土地を占拠。手をこまねく住民たちを尻目に、トラヴェラーのリーダーであるフォックス・イーヴルは怪しげな動きを見せ始めた。
 物語は多視点から見据えられ、いい奴いやな奴が入り混じって、主要登場人物たちの心象風景や立ち位置を余すところなく、そして鮮やかに描き尽くす。個人的には、噂好き・他者批判好き・自己正当化好きのおばさんがあまりにもイヤな感じで素晴らしかった。こういうキャラクターをも活き活きと描くことにかけて、ミネット・ウォルターズの右に出る者はほとんどいない。また、事件の全貌がなかなか見えないため、不気味な緊張感が徐々に盛り上がる。手馴れた訳文ともども、リーダビリティ確保に一役買っている。ミステリ的な驚きはあまりないが、サスペンスフルな展開と錯綜するプロットと人間関係で、読者を魅了してやまない傑作である。やはりこの作家は素晴らしい。