不壊の槍は折られましたが、何か?

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エムズワース卿の受難録/P・G・ウッドハウス

エムズワース卿の受難録 (P・G・ウッドハウス選集 2)

エムズワース卿の受難録 (P・G・ウッドハウス選集 2)

 第9代エムズワース伯爵は、凶暴な妹と不出来な次男の巻き起こす騒動に、回転が速いとは言いかねる頭を悩ます日々を送っていた。卿の望みは、お屋敷の豚とカボチャが立派に育つことだけなのに……!
 イデアとしての《古き良き荘園》を舞台として展開される、数々の騒動を描く。笑劇らしく、シチュエーションの設定は相変らず絶妙だが、ジーヴスものと比較すると、緻密さでは一歩を譲る。代わりに、人物造形はエムズワースものの方に分があると見た。レギュラー陣はもちろん、各話の脇役に至るまで個性派揃い、人格的なバリエーションも多い。ドラえもん化の傾向すら窺えたジーヴスに相当する人物が、こちらには誰もいないのも大きい。怜悧な計画をもって事態が解決されるのではなく、混沌の中から生み出された問題は、同じく混沌により収まるべきところに収まるのだ。
 というわけで、今回もまた本当に素晴らしい作品内容である。いやあしかし、入手容易本の何を読んでも本当に面白い。ユーモア小説はとかく軽く見られがちだが、ウッドハウスの腕前に思いを致すとき、私は戦慄を禁じ得ない。