不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

バドティーズ大先生のラブ・コーラス/ウィリアム・コッツウィンクル

 マンハッタンのアパートに住むホース・バドティーズは、部屋の天井までゴミで埋め尽くすヒッピー風の陽気な男で、外出の際は扇風機を欠かせない。そんな彼は、15歳のオンナの子を集めてコーラス隊を結成しており(スカウトそのものは現在も継続中である)、自分が発掘したという中世の合唱曲を謳おうと計画しているのだった……。
 アンソロジー『狼の一族』所収の「象が列車に体当たり」が面白かったので、他の作品も読んでみようと手を付けた。期待を遥かに上回る、実にヌケヌケとした作品であったが、それだけで終わらず、更に先の境地が拓けていた。
 確かに主人公は手当たり次第・行き当たりばったりで無茶苦茶、自分が何をやろうとしているかすら頻繁に忘れるなど、最早ラリってるとしか思えない。そんな彼に対する他の登場人物の反応も適当極まりなく、これはもう皆でキメているのではないか。
 しかし、これほど勝手気ままな展開を見せるにもかかわらず、バドティーズという人物の印象が拡散しないのは凄い。読者には、この愛すべきヒッピーの性格が、一切のブレなく、明確に印象付けられるはずだ。これは彼の精神に強い芯が一本通っているためであり、それは即ち、作者の設計図が実は緻密であるという証左に他ならない。そしてラストは、形式的には笑劇であるにもかかわらず、哀切な情感を湛えてやまないのである。バドティーズは、《世界》をこんなにも愛しているのだ! 思わず胸が一杯になったことを告白しておこう。
 というわけで、傑作。スラデックが好きな人には、良いかも知れない。もっとも、コッツウィンクルの方が遥かに意味明瞭ですが。