不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

市民ヴィンス/ジェス・ウォルター

市民ヴィンス (ハヤカワ・ミステリ文庫)

市民ヴィンス (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 1980年、アメリカ大統領選挙期間中。ヴィンス・キャムデンは、4年前に証人保護プログラムで正体を隠し、田舎街のドーナツ屋店主を務めていた。カード偽造と麻薬の密売はなかなかやめられないが、本業であるドーナツ屋の仕事にやりがいを感じ、読書家の美人(店の客)と同じ本を読んで会話を交わすことにちょっとした喜びを感じているなどといった、なかなか小市民的な生活を送りつつあった。そんなある日、ヴィンスは自分の命が誰かに狙われていることに気付く。今頃誰が……?
 筋立ては犯罪小説だが、文体が飄々としてとぼけた味わいを感じさせる、洒落た一編。その背後には、《地に足を付けて生きる》ことに関する信念が込められている。2005年に発表された作品で、1980年のカーターv.s.レーガンの選挙を、重要なモチーフ*1として用いていることも興味深い。キャラクターも、脇役に至るまでなかなか印象的である。作者の真摯な視線も、読んでいて素直に良いと感じた。
 夢中になって貪り読むような作品ではなく、かと言ってじっくり読まれるべき作品でもない。淡々と読み、軽さの裏に潜む深さ・重さ・問いを吟味すべき佳品である。

*1:本筋とは全く関係ないのに、カーターが視点人物になる章と、視点がレーガン候補とその側近がいる場に移る章があるのだ。