不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

キングの死/ジョン・ハート

キングの死 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

キングの死 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 失踪中の辣腕弁護士(でもあこぎ)エズラが射殺体で発見された。当局は、彼が失踪直後に殺されたと推定する。エズラは家庭内でも傲慢な家父長として振舞っており、長男ワークや長女ジーンも悲しみを覚えることはなかった。しかしワークにはある不安が付きまとう。失踪直前に、エズラジーンは衝突を繰り返していたのだ。まさか自分の妹が父を殺したのか? そんな中、死後もなお息子ワークを意のままにしようとする内容の、エズラの遺書が発効される。父に押し付けられたワークの妻バーバラは、莫大な遺産目当てに、それまで悪化していたワークとの関係修復を画策していた。しかしワークは幼馴染の農場主ヴァネッサに惹かれていて……。
 強権的で居丈高な父親が君臨する家族に起きる、衝撃的で悲劇的な事件(ロスマクが好みそうなモチーフである)を、家族の中からの視点で描く。力作であることは間違いない。プロットや真相といった部分の作り込みはなかなかのものだし、妹のために頑張るお兄ちゃんの姿も楽しめる(ただし兄妹揃って30オーバー)。
 しかし、抑圧的な雰囲気に支配される家族を描くには、キャラ造形が薄っぺらい。特に、一人称の主人公ワークが、どうにも《自己完結型・閉鎖型・一人で抱え込むタイプ》の人物に留まっており、非常に残念である。この主人公では、重い物語で本来求められるはずの、重層的または多面的な視座や、落ち着いた視点を読者に提供できないのだ。文章が平易なのも今回はマイナスである。キャラ造形や600ページ弱という間延びした長さ(正直400ページ程度でも十分)と相俟って、物語が凄くありきたりなドラマに引きずり下ろされたような印象を受けた。
 とはいえ先述のように力作ではあるので、興味のある方は読んでみてはいかが?