不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

贄の夜会/香納諒一

贄の夜会

贄の夜会

 《犯罪被害者家族の集い》に参加した二人の女性が殺された。ハープ奏者は両手首を切り落とされ、もう一人の人妻は後頭部を石段に叩き付けられたのだ。刑事の大河内は後者の被害者の夫の行動に疑問を覚えるが、なぜか公安部からストップがかかる。一方、当日の《集い》にパネラーとして出席した弁護士は、19年前に起きた少年猟奇事件の犯人であったことが判明する。そして背後で、サイコな世界と、プロの犯罪者、腐敗した警察組織の闇が交錯する……。
 非常にわかりやすく言えば、酒鬼薔薇*1+怒りの殺し屋+一匹狼の刑事である。サイコミステリとしても、アクション小説としても、刑事小説としても、警察小説としても第一級の出来栄えを誇り、かつ各要素の噛み合わせもうまく行っている。濃厚な筆致、主要登場人物の描き込み、展開の激しさもなかなか読ませ、大多数の読者は読書行為そのものに耽溺できるはずだ。人間ドラマとして胸を打たれる場面に事欠かないのもポイント高い。
 ただし、特に後半の刑事パートにおいて、時折顔を出す浪花節が作品バランスを崩す瞬間がある。また、事件のネタにも荒唐無稽な側面があり、若干ご都合主義か、と思わせられる局面もなくはない。これはこれで味だと主張することも可能なので、個人的には全く問題視しないが、気になる人もいるはずだ。
 とは言いつつ、フィクションをフィクションとして楽しむことができる人にとって、『贄の夜会』は間違いなく傑作となるだろう。私にとっても傑作であった。盛り沢山過ぎることに起因する歪みがアクセントを付ける、正統派エンタメ巨編として、大いに推薦したい一冊である。

*1:『心にナイフをしのばせて』でもある。