不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ヴィズ・ゼロ/福田和代

ヴィズ・ゼロ

ヴィズ・ゼロ

 凄腕ハッカー《ファントム》を追う警視庁刑事の甲斐は、台風接近のため陸の孤島と化した関西国際空港に足止めされてしまう。ちょうどその頃、香港発の旅客機がハイジャックされ、関空を目指していた。乗客150名をたてに、犯人側はパラシュートや燃料の補給、そして自分たちのサイトをマスコミに知らせることを要求する……。
 冒険アクション小説のような外観を呈しているが、かなりの部分を警察小説・刑事小説的なノリで進めており、謀略小説としての側面も強い。キャラ立ちの点で若干スロースタート*1だが、舞台が本格的に関西国際空港に移って以降、一気呵成にハイジャックの顛末を描き切る。国家に翻弄される個人といったテーマも追求されるが、抑えた筆致によって政治主張が過熱することを回避しており、あくまで娯楽小説として一貫するのが好印象だ。文章も平明で読みやすく、リーダビリティも高い一方、あからさまに薀蓄を傾けるような生な形では示されないが、関空やネット犯罪に関する取材量も半端ない。全体的なバランスが良いことも賞賛に値する。大森望HPで指摘(07年6月20日付)するように、『ヴィズ・ゼロ』は乱歩賞・このミス大賞・横溝賞など華々しい新人賞も狙える*2出来栄えを誇っている。結果として(多方面に非常に失礼な言い方ではあるが)かなり地味なデビューとなり書店でも現物をあまり見かけないのは残念だが、広くおすすめできる良作で、特に冒険系の読者は要チェックだ。
 なお作者はハードSF好きが嵩じて工学部に進み、その後ミステリに転向したようだ(現在の本職は金融系システムのSE。ただし現職は人事らしい)。この2系統の嗜好遍歴が創作で融合したら大変なことになるのではと今から胸が高鳴ってしまうが、いずれにせよ将来が期待できる有望新人の登場といえよう。

*1:私の気のせいかも知れないが、キャラを薄く描くことで一種のミスリードを補助した気配がある。

*2:「取れる」と断言しない理由は、選考委員の反応までは当たり前だが私は保証できないというだけであって、これに匹敵あるいは凌駕する作品が毎回応募されると主張しているわけではない。