不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

鳥の歌いまは絶え/ケイト・ウィルヘルム

 食糧危機が全世界に進行し、おまけに動物の生殖能力が低下する近未来、人類文明は崩壊の瀬戸際にあった。しかしアメリカの片田舎において、ある若き科学者が、クローニングを6回重ねれば、生殖能力が回復することを発見する。早速彼らはご近所さんと家畜たちで共に山の中のある砦に篭もり、閉鎖的なコミュニティを形成して、クローンたちを量産し始めるのだったが……。
 集団に依存する生活を営むクローンたち(集団から離れると狂ったり死んだりします)と、個人の個性を尊重する者たちの対立、そしてそのコミュニティの顛末を描く。若者や少年少女を中心とした展開(若さゆえの掛け替えなき悩みの持つ美しさは、非常に魅力的な人間模様を織り成している)により、恋愛や冒険の要素も加わって、センチメンタルな空気すら漂う。ウィルヘルムとしては珍しく、一見してそれとわかるほどの綺麗な物語を紡いでいると言えるだろう。
 だがしかし、一般受けを狙って作者が手加減したり変節したりしているわけではない。その証拠に、全ては静々と灰色に塗り込められてゆく。そもそも『鳥の歌いまは絶え』は、前提として既に世界が破滅している物語なのである。題名の如く、世界ではもはや鳥さえもが死に絶えた。森は静寂に包まれており、本作に登場する人物以外に地球上には誰も、いや何もいないかも知れない。このような想像を絶する孤独の中で、刹那的なユートピアを構築するクローンたち。それに違和感を覚える恋人たち、そして少年……。しみじみとした情感の中、悲しくもあり希望が仄見えもするラストに向け、物語は丁寧に綴られてゆく。透明度が高い筆致も非常に素晴らしい。
 世界の破滅やクローン等のガジェットが、抑えた筆致ながら駆使されるし、先述のように恋・冒険といったエンタメ要素もふんだんに盛り込まれている。訳も上等であり、美しい物語を幅広い層が楽しめる傑作としてお薦めしておきた。