不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

地獄島の要塞/ジャック・ヒギンズ

地獄島の要塞 (ハヤカワ文庫 NV 74)

地獄島の要塞 (ハヤカワ文庫 NV 74)

 第二次世界大戦の英雄(またですか)だった、アイルランド人であるサヴェージは、42歳を迎えた今、エーゲ海で海綿等を採るため潜水夫になっていた。海に潜る厳しい仕事を通し、彼はトルコ人潜水夫カシムと篤い友情を結ぶ。そんな中、サヴェージは19歳の億万長者サラにお互い一目惚れ。しかしそんなこととは無関係に、ギリシャ軍政を打ち倒すクーデターを目論むこれまた億万長者のアレコから、シノス島刑務所に捕われているある人物を救い出して欲しいと要請される。だが、シノス島刑務所は元要塞であり、サヴェージは、戦中、この要塞に潜入したことがあったのだった……。
 サヴェージの厳しくニヒルかつホットな性格が物語の雰囲気を決定付ける。しかし話の展開は、冒険譚に猪突猛進しない。サヴェージとサラの恋愛模様(身分の違い、サラの宿痾も絡む)、サヴェージとカシムの友情、海の仕事の厳しさ、サヴェージの戦中の回顧等々の周囲をくるくる旋回して、エピソードを重ねる。こうして主人公の置かれた立場と状況を明らかにした後、おもむろに、《地獄島の要塞》に潜入するのである。この脱獄計画に関するプロットもよくできており、読み応えのある作品であるといえよう。
 ただ、これは個人的嗜好の問題に過ぎないのだが、もうちょっと重い筆致で、登場人物をじわじわ燻り出した方が良かったかも知れない。物語中の《現在の潜入劇》と、それまでの部分につき、後者をもっと上げて、前者はもっと切り縮める方が好みだった。または全体をもっと長くするか。『鷲は舞い降りた』より長大化させることも十分できたはずではあろう。正直、若干中途半端であるように思われた。でもいい作品ですよ。お薦めです。