不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ガラバゴスの箱舟/カート・ヴォネガット・ジュニア

ガラパゴスの箱舟 (ハヤカワ文庫SF)

ガラパゴスの箱舟 (ハヤカワ文庫SF)

 1986年。世界的に不景気となり、きな臭い雰囲気が漂う中、ガラパゴス諸島では大自然クルーズが企画されていた。参加予定者がガラパゴスにやって来て、クルー、スタッフも準備に余念がない。そして各登場人物の来歴等がシニカルに語られてゆく。しかしこの計画は、ガラパゴスのサンタ・ロサリア島以外の地では遠からず絶滅する人類にとって、まさに箱舟となるのだった……。滅亡と死、そして安息の物語。
 破滅小説でもあるので、登場人物はとにかくコロコロ死んでゆく。そろそろ死ぬ登場人物には、名前の前に「*」が付けられるので、地の文を読むだけで何ともいえない感慨に襲われる。しかも一人称の書き手は建造中のバイア・デ・ダーウィン号に取り憑いた幽霊で、このクルーズの百万年後にこの話を語るという設定である。百万年後の人類は全員、アドルフ・フォン・クライスト船長の子孫(それはつまり、他の男の登場人物は全員、子を作らず死んでしまうということだ)で、しかも、巨大脳を捨て(つまり知性を捨て)、全身に毛を生やし水掻きもでき、海を泳いで魚をとって生活していることが語られる。天敵は鮫と鯱だそうです。
 語り手である幽霊は、巨大脳こそ人類の全ての不幸の原因であったと説き、物語全体は巨大脳の理不尽さ身勝手さを、飄々と、しかしこれでもかと描き起こしてゆく。
 こんな物語なのに、人類破滅良かった良かった、知性喪失良かった良かったと、筆致がやたら温かく、テーマを考えると読んでいて実にいたたまれない。本当にやりきれない物語である一方、登場人物への優しい視線を如実に感じさせるという点で、ヴォネガットの真骨頂が表されている。ファンならば読んでみても良いだろう。