不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

熱い太陽、深海魚/ミシェル・ジュリ

 超システムが2つあって、全人類はそのいずれかと繋がっている、という2039年を舞台とする物語。《熱い太陽》と《深海魚》という、どちらも原因不明の奇妙な病気がじわじわと広がる中、作家、官僚、ある宗教の信徒らを視点人物として、世界秩序が段々ねじれてゆく様を描く。
 現実崩壊の物語ではあるのだが、『不安定な時間』と比べると、幻想性は薄れ、ソフトな質感も影を潜めている。幻想が現実を侵食するという点では同じでも、『不安定な時間』がそれを幻想視点から描いていたのに比べ、『熱い太陽、深海魚』は現実側の視点で、幻想が全てを呑み込んでゆく様を描く。従って現実崩壊は、『不安定な時間』では所与のもの、ある意味当然の事態として登場人物たちが比較的すんなり受け容れていたのに比べ、『熱い太陽、深海魚』では、恐怖の対象、あるいは狂気の発露(病熱による譫妄)として描かれている。切迫感は後者の方が段違いに強い。しかもこれは、悪夢にうなされるような深刻な熱気を孕んでおり、超システムにより維持された世界が、加速度的に綻んでゆくのである。たいへん面白く読んだ。全体の見通しがあまり良くない(作者もその点に配慮する気は薄いのだろう)作品なので、一般に広く支持されるエンタメとは言えないかも知れないが、情念篭もる幻想系SFの逸品としてお薦めしておきたい。ラストも非常にカッコいい。熱い太陽! 熱い太陽!