不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

不安定な時間/ミシェル・ジュリ

 2060年、ガリシャンカール病院で時間溶解剤を飲んだロベールは、過去の人間に人格が溶け込む溶時界に入り、タイムスリップしようとしていた。任務は1966年に生きるダニエルに溶け込み、当時を調査すること……だったのだが、そこで時間がすっかり崩壊してしまい、一日が何度も、しかも不安定に繰り返されてしまう。そして実は溶時界を支配していた工業帝国の亡霊たちが、ロベールとダニエルを脅かし、遂には2060年を侵略しようとする!
 幻想的でふわふわした情感をベースに、溶時界の崩壊と現実への侵食を、視点はあくまで溶時界に置きつつ描く。ハードSFじみた、がっつりした科学的基盤はほぼ提示されず、薬物によるトリップの描写と言われた方がわかりやすい幻惑感覚が横溢し、その点でディックに近い。しかしながら、卑近さ・切迫感いずれも薄い点では、神林長平やオリアリーに近いと思われる。細部の表現や会話が洒落ているのはとても面白い。幕切れも、他の作家ではなかなか出せない味ではないかと考える。「フランス風」などと阿呆な決め付けをする気は全くないが、しかしついうっかり出来心でそう口走ってしまいそうな佳品。ガチガチのSFファンよりは、ちょっと緩めの幻想小説を好む方により強くプッシュしたい。