不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ベータ2のバラッド/サミュエル・R・ディレイニー他

ベータ2のバラッド (未来の文学)

ベータ2のバラッド (未来の文学)

 若島正編の、ニューウェーヴに焦点を当てたアンソロジー
 まず、サミュエル・R・ディレイニーの「ベータ2のバラッド」から始まる。亜光速でしか飛べなかった時代の巨大移民宇宙船団が人々を乗せて出現したので、とっくの昔に光速を越えてしまった現代人が文化文明の調査に赴く話。文明の硬直化に伴う悲劇が、華麗な筆致で語られる。ディレイニーにしてはストレートな物語だが、完成度は非常に高く、広くお薦めできる傑作と思われる。
 バリントン・J・ベイリーの「四色問題」は、最初の段落から笑えてくるほど、徹頭徹尾、意味不明な文章で無茶をする。『時間衝突』『禅銃』『カエアンの聖衣』辺りは(アイデアはおバカ極まりなかったが)読みやすかったのに、何ですかこの落差は。とにかく凄まじいまでの意味不明さで、ここまで来ると、文章の狂った様を笑って楽しむことができる。とりあえず、場面の切り替えでは、かなりの確率で玄武岩がずれてマントルが噴出してくるのに抱腹しておけば良いのでは。四色問題は何が何やらわからなかったが、確かこれ、つい最近証明されたんじゃなかったけ?
 キース・ロバーツ「降誕祭前夜」は、ナチス第二次世界大戦に勝利を収めた世界のクリスマス・イヴを描く。第三帝国は、連合王国を事実上配下に置きつつも、表立っては共同で全ヨーロッパを支配している。明示こそされないが、普通の読者ならわかる真相を背景に、静かなサスペンスと歪な世界観がそくそくと胸に迫る逸品だ。
 ハーラン・エリスン「プリティ・マギー・マネーアイズ」は、賭博場を舞台としたホラー。たぶんSFではないと思うが、非常にかっこいい。傑作かもしれない。少し思うのだが、この作家は短編集一冊をガブ飲みするように読むのではなく、アンソロジーや雑誌に入ったものをチビチビ行く読み方が向いているのかも知れない。提示される情景や情感は、とても鮮烈なのだから。
 リチャード・カウパーハートフォード手稿」は、若島正個人の作家に対する思い入れにより、本アンソロジーに所収された一編。ウェルズの「タイム・マシン」の1変奏として書かれているが、とても面白く読んだ。ただし、他の作品と比べると若干色褪せて見える。それともこれは、私の読解力の問題なのか。
 H・G・ウェルズ「時の冒険者たち」は、「タイム・マシン」の原型だそうだ。しかし質感が全く異なり、クトゥルフ系の変なのが出て来ても特に違和感のないような、土臭い不気味な情感が横溢するのは興味深かった。ただし、「タイム・マシン」を読んだのは太古の昔なので、ひょっとすると全くの記憶違いかもしれない。
 というわけで、やや竜頭蛇尾の気配がないでもないが、少なくとも「プリティ・マギー・マネーアイズ」までは驚異の高水準を保つ名アンソロジーということになろう。「四色問題」は異常に読みにくいものの、この読みにくさは明らかにネタだし、他の作品は非常に読みやすいので、広くお薦めできる一冊となっている。『ゴーレム100』と『ダールグレイン』に圧力をかける意味でも、是非皆さん買いましょう(私利私欲)。