不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ヨナ・キット/イアン・ワトスン

 何かが、さっぱりわからない認識・想念を読者に披瀝しながら、泳いでいるシーンから始まる。次のチャプターでは、ソ連のとある施設から坊やが逃げ出そうとしていること、その坊やが何か壮大なプロジェクトに関係しているらしいことがわかる。……一方、メキシコでは、著名天文学者が、衝撃的な宇宙論を発表しようとするのだった……。
 驚愕のアイデアそれ自体を語ることにばかり注力し、アイデアをもって小説をいかに盛り上げるかについては全然頓着しない作品。提示された、宇宙観レベルでの壮大なヴィジョンは、しかし本来それが持っている規模に比べると矮小なイベントを引き起こすだけであり、物語はパタパタと終了する。作者が述べたかったアイデアそのものは十分明らかとなるが、それだけでもう物語は用済みなのである。読者を《物語る》ことで魅惑し酔わせようという志向は微弱だ。しかし作者は恐らく特に気にしていないだろう。アイデアは語り終えたのだから。
 というわけで、作者が一人で《人事を尽くして天命を待つ》モードに突入している気がしないでもないが、やはりこのアイデアは素晴らしいと思うし、こういう変な作家が一人くらいいてもいいじゃないか。そもそもこの腰砕けぶりが笑えるんで嫌いじゃないですよ。『エンベディング』でピンと来た人にはお薦めか。