不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

太陽からの風/アーサー・C・クラーク

 18編もの作品を収めた一冊。各編の枚数はバラバラだが、長さにかかわらず、設定がなかなかにスケール豊かなのがまずは素晴らしい。
 宇宙空間における太陽ヨットレースを描く表題作、新開発の空中浮揚機に乗り身体障害者がエベレスト登頂を目指す「無慈悲な空」、木星探検を描く「メデューサとの出会い」では、各々数十ページということも手伝い、リアリティをもって、宇宙や自然の光景を壮大かつ厳しく描く。特に「メデューサとの出会い」は、実際の木星はこのような星ではないはずだが、それでもなお、矢継ぎ早に繰り出される木星の光景だけでお腹いっぱいである。クラークの想像力と構想力には畏怖の念を抱かざるを得ない。
 一方、ワンアイデア系の作品では、気の利いたオチを交えつつ、若干の例外はあるが基本的には人類の未来や人間性に肯定的な立場より、物語が展開されている。特に、人間性に関して、クラークは斜に構えた邪悪な視線を持ち合わせない。《理想》を信じる頭の良い人特有*1の、真摯な姿勢がとても印象的だ。そして彼は、たとえショートショートといえど手を抜かず、非常にしっかりとした手捌きで作品を固めてくる。情緒や理念のみに頼り切った作品が一つもないのは、クラークの特性と解釈すべきだろう。
 読みやすいし、特に難解でもないので、広くおすすめしたい。

*1:《理想》を信じようが信じまいが、頭の悪い人間が見苦しいことは、皆様ご存知のとおり。