不壊の槍は折られましたが、何か?

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天の向こう側/アーサー・C・クラーク

天の向こう側 (ハヤカワ文庫SF)

天の向こう側 (ハヤカワ文庫SF)

 14編収録の短編集で、各編の初出は1949〜58年である。
 全てが傑作というわけではない。たとえば「宇宙のカサノヴァ」は、アイデア一発勝負の作品で、若干間が抜けてすら射る。しかし、シンプルなアイデアから出発しつつも、壮大な情景や未来社会を俯瞰させる方向に舵を切れば、クラークの才能がフルに発揮されて非常に素晴らしいことになる。SFでしか見れない事象に、たまらないリアリティが付与されていくのだ。「密航者」「天の向こう側」「月に賭ける」「星」「太陽の中から」などはその顕著な例である。
 一方、単純なアイデア・ストーリーとまでは行かないが、星新一が書いても特に違和感を覚えないような作品があるのは興味深い。「九〇億の神の御名」「機密漏洩」「その次の朝はなかった」「宣伝キャンペーン」辺りがこれに該当し、中にはシュールなユーモアすら湛えているものがあった。
 他にも、一つの全く違う架空の《世界》を作り上げた「暗黒の壁」、深刻で一向に楽天的ではない「この世のすべての時間」、センチメンタルな「諸行無常」、ロマンティックな情感が際立つ瑞々しい「遙かなる地球の歌」など、バリエーションが豊かである。クラークの名声は、壮大なヴィジョンのみではなく、このような抽斗の多さによるところも多かったのだと実感できる。