不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

陽気な容疑者たち/天藤真

 再読。
 田舎の大地主にして横浜の鉄工所経営者(たぶん兼株主)吉田辰造。彼がいきなり鉄工所を解散すると言い始め、労組の抗議も虚しく、主人公・沖が勤める計理事務所が手続を進めていた。そして沖は、最後の手続を準備すべく、田舎の吉田邸に赴く。しかしその翌朝、トーチカさながらの倉に篭もった辰造は、それきり外へ出て来ることはなかった……!
 非常に凝ったプロット、活き活きとした登場人物、ふくよかで内容の詰まった筆致、しっかり作り込まれた《仕掛け》と伏線等、二拍子も三拍子も揃った素晴らしい作品である。密度も高く、歯応えもある一方で、欠片も読みにくくない。ユーモアに取り紛れて、冷静に考えると不自然なある状況を、読者にまるで悟らせない腕前にも敬服あるのみ。そして、天藤真の作風を決定付ける《一見ユーモア・ミステリだが、よく考えるとかなり重い》特徴が既に打ち出されている。
 『陽気な容疑者たち』は、あの伝説の第8回乱歩賞の輝かしき敗者である。だからと言ってどうだというわけでもなく、単体として評価しても傑作であると考えるが、戸川昌子中井英夫の事実上の同期生として、歴史に想いを馳せるのもまた一興であろう。そしてこれを契機に、天藤真という素晴らしい作家の傑作の森に足を踏み入れるのも、随分と乙なものであるはずだ。