不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

天体の回転について/小林泰三

天体の回転について (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

天体の回転について (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

 本書は短編集だが、小林泰三にしては表紙が明らかにおかしい。前回Jコレクションで出た『海を見る人』には綺麗な話が多くて小林泰三とは思えなかったが、本書の方は残酷かつグロテスクな話も多く含まれていて、内容面ではいかにも小林泰三らしい。だからこそ表紙の奇抜さが際立つ。
 収録8編にはハードSFが多く含まれている。怪異溢れるホラーは一編たりとも存在しない。奇怪な現象は、それがどんなに気色悪いものであっても、全てSFとして合理的に説明できるのだ。ただし、人間の行動それ自体は不条理だったり不気味だったりして、人の業というものも強く感じさせる。総じて、今回も非常に完成度の高い作品集であると言えよう。SFファンは、グロ耐性がゼロの人を除き、必読である。作品の性格からすると、ホラーやミステリが好きな人でも十分楽しめるだろう。以下、各編について短くコメント。
「天体の回転について」の舞台は、科学文明が忘れられつつある遠未来の地球である。そこにある遺構《天橋立》から、主人公の少年は宇宙へと出立するのだが、そこで登場するのが表紙にある少女リーナである。彼女は実はホログラムにより映写される人工知能で、軽〜いノリで大気圏を出る旅を案内するのだが、リーナの使う言葉を主人公の少年は理解できない。しかし、にもかかわらず、少年はリーナに恋愛感情を抱いてしまうのだ。ハートマークが多用される言葉遣いと裏腹に、リーナによる軌道エレベーターの解説は詳細だが、それを全く理解できないまま、美少女との冒険行に対する希望と不安で悶々とする主人公の対比が実に素晴らしい。そしてもちろん、実に底意地が悪い。
「灰色の車輪」は、ロボット三原則を中心テーマに据えた作品である。ロボット同士の哀切な恋が胸に染みるが、マッドサイエンティストが登場したり、残酷なシーンがあったりするのは、いかにも小林泰三だ。
「あの日」はSFミステリで、この作品世界では、人類は無重力下で生活しており、重力下での生活を容易に想像できなくなっている。重力下での殺人事件を書こうとして推理作家の卵が四苦八苦する――という話である。下に働く力という実感がないため、推理作家の考えるシチュエーションが非常に珍妙になってしまうのが面白い。ラストが鮮やかに決まるのもいい。
「性交体験者」は、性交後女性を惨殺する連続殺人事件が発生し、それを女性刑事が追う物語である。性交体験者であることが犯人の一大特徴であるかのように書かれており、男性として生まれるのがデメリットであるかのような言説が何度か出て来るので、作品世界に何かあることは最初から明らかだが……という話。惨殺シーンは本書の中では一番派手で、読み応えあり。
「銀の舟」は、惑星探索の物語で、高度に発達した文明との最初にして最後のコンタクトが描かれている。意地がいいのか悪いのかよくわからないラストが全て。
「三〇〇万」は、異星人とテラ人とのファースト・コンタクトを、異星人側から描いたもの。価値観が致命的に相容れない者同士の邂逅は――喜劇・悲劇・惨劇の別さえ曖昧な事態を引き起こすのみである。
「盗まれた昨日」は、殺人事件を扱うミステリである。ただし、作品世界においては、全人類が前向性健忘症になり、仕方ないので記憶を全て半導体メモリに記憶させている。このため、記憶とアイデンティティの線引きが曖昧になっており、これを利用した複雑な推理が展開される。ミステリ・ファンにとっては読み応え十分な逸品だ。
「時空争奪」は、河川は川下からできるという理屈を時間にも当てはめた作品で、クトゥルーを思わせる不気味な存在がよぎる中、トンでもな宇宙観が提示される。スケールが大きいし、8編中、ある意味これが最も小林泰三らしい。