不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

人形つかい/ロバート・A・ハインライン

人形つかい (ハヤカワ文庫SF)

人形つかい (ハヤカワ文庫SF)

 アイオワ州に未確認飛行物体が着陸した。アメリカ政府の秘密捜査員であるサムと上司、そして赤毛の美人メアリは、真相究明のため現地へ向かう。そこには、宇宙から飛来した謎のナメクジ状の生物にとりつかれ、操られる人々がいた……! そしてその《侵略》は、国境を越え、瞬く間に伝染病のように広がるのであった。地球大ピンチ!

(前段で、侵略に対する各国の懸命の対応を説明した後)
 ソビエトの宣伝機関は、新しい指令が決定すると同時に、すさまじい攻撃をわれわれに浴びせてきた。すべては、“アメリカ帝国主義者の妄想”にすぎないというのだった。ぼくは、なぜタイタンどもが最初にソビエトを攻撃しなかったのだろうと思う。ソビエトならば、まさにうってつけの場所ではないか。つぎにぼくは、いや、もうすでに攻撃しているのではなかろうか、と考え──最後に、どっちみち、大して違いはないかもしれない、と考えたのだった。

 ハインライン共産主義への嫌悪感がひしひしと伝わってくる部分である。アメリカ的正義をアホとしか思えない勢いで信じ込んでいる*1のはともかく、ソ連の市民まで何の躊躇もなく切り落としているのはいかがなものか。また、米国議会で全議員が服を脱ぎ出すシーンは、普通に考えれば紛れもなくおバカなネタだろう。しかし、ハインラインはマジなのではという疑いを捨て切れず、どうにも居心地が悪い。
 『宇宙の戦士』『銀河市民』および当作を読む限りにおいて、ハインラインは《アメリカ合衆国》という宗教の熱烈な信徒であり、何の疑いもなくそれを実作において開陳する。拒絶反応を覚える人がいても不思議ではない。
 とはいえ、物語自体は極めてストレートな侵略SFであり、困難、勇気、恋、父子の触れ合い、そして主人公の成長といった、冒険ものに似つかわしく、また我々も期待する、典型的な要素が種々繰り出される。アメリカへの信仰に関しても、自由や独立といった辺りは、基本的にこの世のほとんどの人間が抵抗を感じず、そればかりか普通に魅力的に思うだろうしね。
 そんなこんなで、全体としては読んでいて快適。表紙の男性が誰だか全くわからないが、まあ些末事だ。広くお薦めしたい作品である。代表作二作の次辺りにいかがでしょうか。

*1:平明な表現がそのイメージを倍化している。荘重にやっておけば、『アブナー伯父の事件簿』のように、異教徒の小生も襟を正して拝聴する気にもなるわけだが。