不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

シシリーは消えた/アントニイ・バークリー

シシリーは消えた (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

シシリーは消えた (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

 いつもの皮肉は影を潜めている。代わりに、登場人物ほぼ全員が、主人公に理由なき好意を寄せるのである。それもむせ返るほどの。物語も、主人公にとっては全てが薔薇色な感じで進行する。読者が主人公を応援するまでもない。放っておいても彼は幸福と得意の絶頂に上り詰めてゆく。これがあのバークリーの作だと思うと、めちゃくちゃ気味悪い。長い間バークリーの作品と気付かれなかったのは、このためではないか。
 ミステリ的には、人物関係の錯綜が要となるが、全てが解き明かされた後も雑な印象を与える。やっつけ仕事だったんじゃないか。まさか、この時はバークリーにマジで彼女いて仕事どころじゃなかった、とかではなかろうな。先述の多幸感はそうとでも考えねば説明が付かないのである。