不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

陰獣/江戸川乱歩

江戸川乱歩全集 第3巻 陰獣 (光文社文庫)

江戸川乱歩全集 第3巻 陰獣 (光文社文庫)

 私は時々思うことがある。探偵小説というものには二種類あって、一つの方は犯罪者型とでも云うか、犯罪ばかりに興味を持ち、仮令推理的な探偵小説を書くにしても、犯人の残虐な心理を思うさま書かないでは満足しない様な作家であるし、もう一つの方は探偵型とでも云うか、ごく健全で、理智的な探偵の経路にのみ興味を持ち、犯罪者の心理などには一向頓着しない様な作家であると。

 このあまりにも有名な冒頭だけで、ご飯三杯は行ける。内容については最早ゴチャゴチャ言う必要を感じない。本格ミステリという意味では、乱歩の著した数々の作品の中でも最上位に位置して然るべき作品である。更に、大江春泥の不気味な影、静子への欲情といった、陰の雰囲気も濃密に立ち込める。しかもそれらは完璧に噛み合っており、読者としては平伏するしかない。また大江春泥が明らかに乱歩を連想させる著述活動をおこなっており、全集30巻中第3巻に所収されるほどの初期作でありながら、乱歩の本格ミステリの総決算といった様相を呈する。この点については「もう総決算できるのかよ!」と一抹の寂しさがないわけでもないが、とにかく、これを読まずして乱歩を読んだことがあると称するのは筋違いであろう。当時は批判されたというラストも、私自身は極めて高く評価するものである。いいから読んどけ。