不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

喜劇ひく悲奇劇/鯨統一郎

喜劇ひく悲奇劇 (ハルキ・ノベルス)

喜劇ひく悲奇劇 (ハルキ・ノベルス)

 泡坂妻夫の『喜劇悲奇劇』へのオマージュ。全編回文尽くし。1ページに1回は必ず出て来る。中には人名や単語レベル(依頼とか)で回文と主張する部分もあるので、実質的には2ページに一文の頻度と推察する。にしても凄まじいことに変わりはない。特に136〜142ページで炸裂する、名探偵関係の回文乱舞は圧倒的である。これだけで日本ミステリ史に名を残しかねない。

 ミステリとしての評価だが、私は肯定的な立場を取る。なんとかダニットの観点からすれば、大したことのない作品に映る。しかし、回文への執念或いは泡坂妻夫へのオマージュは(作品内の出来事とは違うメタレベルにおいてだが)、あまりにも強烈である。ダメな人はダメだろうが、私は高く評価したい。なお、これは副産物かもしれないが、被害者も犯人も回文に囚われており、結果として《こだわること》の業の深さが立ち現れる。創作意図に内包されていたかは微妙だが、長所の一つとして強調しておきたい。

 というわけで、遊び心に溢れた読者に。