不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

グラスホッパー/伊坂幸太郎

グラスホッパー

グラスホッパー

 文章の空とぼけた味わいが素晴らしい、伊坂幸太郎の新作。どうやら『チルドレン』を読んで以降、私の琴線と伊坂のセンスの歯車が噛み合ったらしく、今回も終始心地よく読めた。良くも悪くも癖の強い文章(読みやすいけど)のため、良し悪しではなく相性が強い影響を及ぼすと見た。

 とはいえ、《対決》を描こうとした作者の意図に筆が付いて行っているかは微妙なところ。裏社会のプロたちによる、殺伐とした話になるはずが、全編、非常にほんわかしている。唯一の常識人の主人公でさえ暗く悲愴な背景を持っているにも関わらず、物語の色調は終始暖色系なのである。狂気が発現していると思しいラストも、何やら妙に温かく、恐怖をいささかも感じさせない。もちろんそれらが、『グラスホッパー』に魅力をもたらしているのは否定できない。しかし問題は、この結果が故意とは確信できない点だ。

 伊坂幸太郎が持ち味を発揮したことは幾重にも認めよう。しかし、これは彼がやりたかったことなのか? 本当は、従来の作風から逸脱したものを書きたかったのではないか? 結果的には面白い作品に仕上がっているが、それって本当に狙い通りなの?

 作家としてのヴァリエーションに関わる問題なので、即断は避けたいが、疑念を抱き始めたことを書き留めておく。