不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ぶち猫/クリスチアナ・ブランド

ぶち猫―コックリル警部の事件簿 (論創海外ミステリ)

ぶち猫―コックリル警部の事件簿 (論創海外ミステリ)

 作者自身によるコックリル警部の解説、4編の短編、1編のショートショート、1本の戯曲を含む。いずれにもコックリル警部が登場するが、活躍の度合いはまちまちである。
 二階堂黎人は『本格ミステリーを語ろう![海外篇]』で、女性には本格が書けないと主張、有栖川有栖にブランドはどうなのかと疑問を呈されたが、彼女は本格作家ではなくサスペンス作家だとして自論の反証ではないとした。この見解の妥当性はさておき、『ぶち猫』の収録作にはサスペンス色の強い作品が多く含まれているのは興味深い。その一つ「最後の短編」は倒叙もので、ちょっとしたことで犯罪計画が破綻するのはまさにロイ・ヴィカーズ《迷宮課事件簿》のノリ。ただしこれはちょっと現代の日本に住む読者にはピンと来ないネタでもあり、水準作としか言いようがない。「遠い親戚」は題名どおりの親戚が帰って来て殺人を犯したのか……という内容で、高まるサスペンスとしっかり張られた伏線が面白い。読んでいて雰囲気は『猫とねずみ』に近いなあなどと思った。
 続く「ロッキング・チェア」は安楽椅子もので、過去の殺人をコックリルが推理する。これと「屋根の上の男」は、事件の様相が恒常的に目まぐるしく変転する。1ページで何回か様子が変わることすらあって、付いて行くのが大変だ。通常は数十ページにわたり、読者に見えている《事件の構図》は(わかりやすさを保つ意味もあって)変化しないものだが、ブランドは怖じずにクルクル変えてくる。結果、ページ数比からすると考えられないほどの水準で推理とミステリが堪能できるのだ。山口雅也も解説で指摘するが、これはブランドの特色の一つである。そして、二階堂黎人を除くほとんどの《本格にある種のこだわりや愛着がある人》がブランドに敬意を払う要因になっている。これが十分機能している「ロッキング・チェア」と「屋根の上の男」の収録は、既存ファンを喜ばせてくれるだろう。
 しかしショート・ショート「アレバイ」が実は個人的には一番好きだ。わずか4ページの間に周到な伏線、意外な結末を用意しているのも素晴らしいが、全てがショート・ショートの尺でこそ有効な手法であるのは凄い。これは唸った。山口雅也の解説に全面的に同意しておきたい。
 最後の「ぶち猫」は戯曲である。法廷弁護士の妻が主治医と密かに不倫し、弁護士とその娘、彼女の恋人、弁護士一家の使用人(弁護士一家の親戚でもある)を巻き込んで、極めてサスペンスフルで内面的に陰惨なドラマが展開される。狂気や妄執を容赦なく抉り出しており、実際に舞台にかけられたら、さぞややり切れないものになるだろう。小道具の使い方も一々が嫌らしい。こういう底意地の悪さ、人間に対する根強い不信もまたブランドの一面である。イヤ話好きには受けるのではないだろうか。
 というわけで、正直申し上げれば『招かれざる客たちのビュッフェ』の取りこぼしを拾っている印象は否めないが、「アレバイ」は素晴らしいし、「ロッキング・チェア」と「屋根の上の男」はブランドならではの本格ミステリ、「ぶち猫」もまたブランドの暗黒面を体現し、戯曲ということで希少価値もある。ファンはやっぱりチェックしておくべきじゃないでしょうか。