不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

カッティングルース/マイクル・Z・リューイン

カッティングルース〈上〉

カッティングルース〈上〉

カッティングルース〈下〉

カッティングルース〈下〉

 メジャーリーグ黎明期の1895年7月ニューヨーク。ジャック・クロス(本名はジャクリーン・クロス)は、女であることを隠してメジャーリーガーとなっていた。だが、ジャックの正体を知っている数少ない友人、ナンス・クーパーが刺殺されてしまう。臨終に立ち会ったジャックは、復讐のため、英国に高飛びした犯人テディ・ゼフを追う。だが、元プロ野球選手で私立探偵のロスコー・プロジェットは、ジャックこそがナンス殺しの真犯人であると考え、彼(彼女)を追って来るのだった……。
 一方、1826年のインディアナ州で、大火事により父母を亡くしたクローデット・ラクロワ(後にクロス姓を名乗ることになる)は、幼い弟2人と一緒に、慈善とは名ばかりの人身売買に掛けられようとしていた……。
 1895年7月以降の、ジャックによるテディ・ゼフ追跡劇は奇数章で、1826年から語られるクロス家の来歴は偶数章で、というように流れが2本ある。毎章いい所で区切って読者を煽るがそれはともかく、特に偶数章は、19世紀アメリカ社会の市井レベルでの俯瞰という趣もあり、プロ野球や資本主義社会の胎動が感じられ、本当に素晴らしい。そして奇数章は、男装の麗人の健気さ、イギリスでの人々との交流が印象的。ミステリ的な趣向は、訳者自身が指摘するように若干弱いと思うが、これほどたっぷりと19世紀を味わうことができれば文句など出ようはずもない。大河小説の傑作だろう。
 ティーンエイジャーを意識した作品とのことだが、あまり気にしなくていいです。影響は、フォントがやや大きく振り仮名も散見される程度。リューインの作品としては情感的に異色作で、アルバート・サムスンやリーロイ・パウダー、はたまたルンギ家をイメージしていると驚くことになろだろう。しかし私は、90年代リューインの(訳出された範囲内における)最高傑作であると称揚したい。どこか懐古的な風情を孕むこの傑作、ガキのみならず、リューイン・ファンにすら限らず、広くお薦めである。