不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

カンタベリー物語 托鉢僧の話/チョーサー

托鉢僧の話の序

寺領廻りの立派な托鉢僧はいつも召喚吏にしかめ面をしていたが、野卑な言葉をかけてはいなかった。しかしながらバースの女房の話を終えた際に、遂に言葉の上でも攻撃的になる。彼は、バースの女房の話を褒めた後、召喚吏についての面白い話をすると言う。

召喚吏というものにはいいことは何も言われていないことをよくご存じでしょう。あなたがたのどなたも、それで気分を悪くされないようにお願いします。召喚吏っていうのは、姦淫の罪のための召喚状を携えてあちこち走り廻り、町々のはずれではひどくぶたれているのです。

宿の主人は喧嘩は止めるように口を挟むが、召喚吏も反応してしまい、好きなことを言えばいい、言い返してやるとお冠である。宿の主人は召喚吏も止め、托鉢僧に話を始めるよう促す。この人たちなんでこんなに仲が悪いの?

托鉢僧の話ここに始まる。

托鉢僧が住んでいる地方には、昔々、社会的地位の高い副監督*1が住んでいた。様々な罪に対する処罰を大胆におこなっていて、中でも好色漢を一番ひどい目に遭わせた。十分の一税の支払いを滞らせている人もひどく罰せられた。彼はスパイ網を持つ召喚吏を手近に用意していて、この召喚吏が、告げ口も大歓迎、二十四人の罪人――恐らく税金の滞納者――を密告するなら好色漢を見逃すよう手心を加えていた。この手口をぼろくそに言ってやると托鉢僧は息巻き、召喚吏は頭がおかしいと匂わせ、召喚吏の権限は托鉢僧の自分には一生及ばないと言う。

ここで巡礼団の召喚吏が口を挟んでくる。巡礼団参加者の語り手が物語を喋っている際に、他の参加者が話を止めて台詞を言うのは、これが初めてである。召喚吏は、女郎屋の女も管轄外だと言う。托鉢僧も似たようなものだと言いたいらしい。宿の主人はさすがに「こん畜生!」と罵って、托鉢僧に、召喚吏がわめいても話を進めるよう促す。いや大変ですな。

話は続く。物語の中の召喚吏は、女衒たちも手下にしていた。彼らは知っていることを全て召喚吏に話し、彼はそれによって大儲けをしたのである。法的召喚状もなしに、庶民の無知につけ込んで、破門にあうと脅して金を巻き上げていたのである。女たちも召喚吏に、自分が寝た者を教えた。この情報を元に、彼は宗教裁判所への召喚状を偽造して、男から金を巻き上げた。

そんなある日のこと、召喚吏は立派な楯持と出会う。はるか北の国*2から来たという楯持は、代官としての仕事を一部でやっている点では召喚吏と共通しているとのことで、なぜか意気投合した様子で、召喚吏を兄弟呼ばわりする。召喚吏は楯持に名前を聞くと、楯持は自分は悪魔だと答え、自分に何かくれる者がいないか見付けるためにこの辺りで馬を乗り回していると言う。召喚吏はいったん恐れるものの質問を重ねる。悪魔は神の手伝いになること*3もあるようだ。召喚吏は悪魔に対して真実の誓いを立て、悪魔は人がくれた物をとり、自分は自分の分をとり、両者の収穫量が不均等になったら平等に分けるようにしようとする。悪魔はこれを受諾した。

しばらく行くと、二人は、馬方が馬を駆り立てている場面に遭遇する。馬方は馬がうまく動いてくれないので、馬を「悪魔めがお前を捕まえてゆくがいい!」と罵る。召喚吏は悪魔に、ほら人が馬を与えたぞと囁くが、悪魔は馬方が本気で言っているわけではないので貰わないと言う。実際、馬がうまく動くようになると、馬方は上機嫌で馬を褒めるのだった。

次に、二人は街の外に住む老婆の元に向かう。召喚吏はいつもの手口で彼女から12ペンスを巻き上げるつもりだった。偽造の召喚状を見せて老婆と召喚吏が押し問答するうちに、老婆はこう口走る。

あたしゃお前の体と、あたしの鍋を、色の黒い荒っぽい悪魔めにくれてやるよ!

これを聞いた悪魔は口を開く。

なあ、わしの親しいおふくろのメイベルさん、お前さんの言っているこのことはほんとにお前さんの意志かい?

老婆は答える。

死ぬ前に悪魔が奴をひっ捕まえるがいいや、鍋もなにもかもみんな! 考え直すんなら別だがね。

召喚吏が考え直すわけもなく、老婆を罵倒する。ここに至り、悪魔がもらう条件が遺漏なく整えられてしまった。悪魔は、相変わらず召喚吏を兄弟と呼びかけつつも、お前の体と鍋が自分のものになったと告げ、今夜地獄に一緒に行くと告げ、召喚吏を捕まえる。召喚吏は、代々の召喚吏がいる場所、地獄へと連れて行かれるのだった。托鉢僧は、悪魔に気を付けろと言い、召喚吏を悪魔が捕まえないうちに彼らが悪行を悔い改めるよう皆で祈るよう願う。

悪魔にやるのが自分の物でなくてもいいという隠し条件は後出し気味である。悪魔が誰にもこの条件で約束しているとすれば混乱は必至であろうが、突っ込むのは野暮だろう。

なお托鉢僧は、総序の歌にて、有能ではあるが、人のことは言えない破戒僧気味の人間として描かれている。そういうのを頭に入れた上で読むと一層興味深い。

*1:司教から教区の管理の一部を任される職。

*2:地獄は北にあるとされていた。おまけに楯持は、「そこでお前さんにいつかお会いできそうに思う」とまで言う。

*3:ヨブが例示されている。なるほど。人が悪魔の誘惑に逆らう場合はそれがその人の救済になるとも言う。なるほど。