不壊の槍は折られましたが、何か?

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オットー・クレンペラー/フィルハーモニア管弦楽団 シューベルト:交響曲第9番ハ長調《グレイト》

 1960年11月16日〜19日、ロンドンのキングスウェイ・ホールでのセッション録音である。音はステレオだ。
 クレンペラーは冷血系の即物主義者、みたいに言われることが多いように思う。イメージとしても実態としても、抒情性よりは構築性に焦点を当てた演奏が多いのは確かである。仄聞するところによると、彼はテクニカル面での完璧性をオーケストラに求めることはなかったが、自分の言う通りの弾き方をするよう命じて演奏をとことんまで自分色に統一することには拘っていた模様だ。こういう指揮者とシューベルトの相性は、良さそうに見えない。ところがこの演奏は違う。カップリングの《未完成》も含めて、リズムやオーケストラの音響バランスなどよりは、歌謡性をしっかりクローズアップしている。非常に意外である。
 もちろん温かい人間味あふれる歌にはならない。情緒纏綿などとは程遠く、どちらかと言うと冷徹な歌い口で抑揚は淡白だ。いつものとおり一般的な意味合いにおける感情移入には興味がなさそうではあるが、それでもなおこれは歌なのであり、旋律線は無表情に青白く明滅している。奥底にはやっぱり心や感傷があり、挙措あるいは背中に何かが滲み出ている。ツンデレというほど可愛い何かではないけれど、この演奏に独特の魅力があるのは確かだ。なお、メロディ重視とはいっても、リズムが疎かにされているわけではなく、背後で管理されているのが実態である。よって音楽の進行は定速に保たれる。低音が厚いピラミッド型の音響バランスや、悠揚迫らぬスケール感もいつものとおり。全体としては非常に厳格な印象を与えられる。《未完成》も《グレイト》も、そんな演奏である。
 フィルハーモニア管が素晴らしい音を出していることも特筆しておきたい。ちょっとしたところで、絶妙な味わいを見せてくれる。