不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

山魔の如き嗤うもの/三津田信三

山魔の如き嗤うもの (ミステリー・リーグ)

山魔の如き嗤うもの (ミステリー・リーグ)

 成人儀礼として山歩きをこなしていた若者は、道に迷って忌み山に踏み込み、そこで密かに暮らしていた一家と遭遇する。しかし翌朝、彼らは朝餉の支度をしたまま忽然と消えてしまった。……そのような手記を読んだ刀城言耶は、一路その村へ向かったが、時を置かず、六地蔵様にまつわる奇怪な見立て連続殺人が起きてしまう。
『首無の如き祟るもの』で絶賛を博した期待のシリーズの新作である。このシリーズは従来、いわゆる《真相の衝撃》の演出に心血を注いできた。今回はその点で比較的おとなしい。しかしこれはあくまで「比較」の問題であって、水準自体はやはり高いのである。既出の仕掛けをうまく組み合わせ、かつ見せ方を工夫することで盛り上げを図る手法は健在だ。その前提となるのは堅牢なロジックと丁寧な伏線回収であり、今回も一切手抜きない、本格ファンは十二分に満足できよう。
 この他に注目すべきは、謎自体の魅力と、ホラー要素の強調である。従来このシリーズは、事件の謎そのものよりも、事件を取り巻く人物・民俗の雰囲気で読者を牽引してきたわけであるが、今回はメインの事件がマリー・セレスト号事件めいており、読者の興味をそれだけで惹き付ける。また、『厭魅の如き憑くもの』以上に《怪異》が前面に出て来る。ホラーと本格ミステリの並存を三津田信三の魅力の一つと考えている人は、『山魔の如き嗤うもの』を必ずや気に入るはずである。なお、ホラー要素と本格ミステリ要素はお互いに全く邪魔をし合っていないことも指摘しておこう。
 というわけで、今回もまた極めて高い完成度を誇る、いい作品である。広くおすすめしたい。