不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

骸の爪/道尾秀介

骸の爪

骸の爪

 ホラー作家の道尾秀介は、取材のため滋賀県の仏所《瑞祥房》を訪れた。作成中の仏像の数々に圧倒される道尾だったが、中でもある千手観音像に特に惹き付けられる。どうやら20年前に失踪した男が作った像らしいのだが……。その夜、道尾は仏像の頭から血が流れているのを発見する。これに驚いたことと、工房内の人間関係を詮索する不用意な発言をしてしまったことから、道尾は東京に戻り、またまた真備に相談するのだった……。
 前作に比べて、ホラー色がかなり薄まっている。その代わり、それほどの大ネタでこそないものの、細かい伏線回収とロジック(いずれも堅牢)の手数で勝負を決めた作品といえよう。怪奇要素は《幻想的な謎》のために駆使されているし、由緒正しき工房の雰囲気からはドロドロした裏の人間関係を期待できるなど、ガジェット面でも万全であり、本格としての硬度は『シャドウ』を遥かに凌駕している。また、シリーズ・キャラの個人的人間ドラマにほとんど触れなくなったことも興味深い。単体作品としての自己完結性が強まったことになるわけで、本格ミステリとしてはこの方が望ましいことは、言うまでもなかろう。謎だけでお腹一杯なのに、物語全体の見通しはなぜか終始良く、さくさく読めるのも素晴らしい。
 総合的な完成度では『シャドウ』に一歩を譲るというのが個人的所感だが、単なる好みの問題に過ぎない。本格ミステリとしては、『骸の爪』の方が上かなどとも思われるわけで、いずれにせよ、傑作であることは間違いない。そして我々は、「各種ベストで票が割れそう」などと贅沢を口走ることができるのだ。ミステリ好きには強く推したい作家であり、作品である。