不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

芝浜謎噺/愛川晶

芝浜謎噺―神田紅梅亭寄席物帳 (ミステリー・リーグ)

芝浜謎噺―神田紅梅亭寄席物帳 (ミステリー・リーグ)

『山魔の如き嗤うもの』と同時に出たミステリ・リーグの新刊で、こちらも好評だったシリーズの新作である。
 愛川晶は今回も落語に対してかなりマニアックなこだわりを見せる。所謂《事件》の影は薄い。代わりに、古典落語に論理的・心理的な整合性を持たせるべく、タイトルにもある《芝浜》などの改良に挑む、という趣向が前面に出される。整合性は本格ミステリによく要求されるところだが、愛川晶は自らの本格ミステリ作家としての腕に縒りをかけ、落語に本格の手法を持ち込んだのである。しかし作者は本格と同様、落語も大好きなようで、落語をミステリによって穢すような結果にもなっておらず、匙加減がいい。落語ファンもミステリ・ファンも、「違和感なく」どころか好感をもって本書を歓迎するだろう。
 また、古典落語改良の顛末が、作中の登場人物の人間ドラマとうまく絡み合っているのも読みどころだ。落語ネタだけで引っ張っていたら、この趣向ではどうしても雰囲気がマニアックになり、話は閉鎖的なものとなったろう。しかし本書はそれを回避している。本格愛と落語愛に任せて猪突猛進するような真似をしていないのは、作者の見識を示すものだ。もちろん、本書に読者が抱く「好意」は、好きなもの(=本格ミステリと落語)を好きなように楽しく料理している、愛川晶の稚気に溢れた様子に最終的には帰着するはずである。しかし小説としての完成度は、ストーリー構築における冷静な手捌きにも多くを拠るのである。
 このシリーズで愛川晶は、作家としてのステージを一段上がった――そのような失礼なことを言いたくなるほど、『道具屋殺人事件』と『芝浜謎噺』は素晴らしい。特に、続編となる本書も面白かったのは大きい。彼の今後の活躍から、目が離せなくなった。