不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

初恋よ、さよならのキスをしよう/樋口有介

 柚木草平は、偶然にも初恋の女性・卯月実可子と再会した。女王然として高校に君臨し、そして今も変わらぬ美貌を保つ彼女だったが、柚木との再開後間もなく、何者かに殺害される。しかし実可子は自分の娘に、自分に何かあったら柚木に調査を依頼するよう言い残していた。実可子の姪・早川佳衣から依頼を受け、柚木は調査を始める。どうやら事件の鍵は、柚木とは異なって、ずっと実可子と親交のあった同級生たちが握っているらしい……。
『彼女はたぶん魔法を使う』以上に、柚木草平の惚れっぽさが強調された作品である。作者は、このキャラクターのおかげでミステリが格段に書きやすくなったと述懐するが、この作品を読む限り、それは「柚木草平が勝手に動いてくれる」状態になったからではないかと思われる。それ位のびのびと、ほとんど息をするように、柚木は事件を横切る美女たちに一々懸想する。だがどこか憎めない。本書では柚木の重い過去が明かされるが、しかしそれでも人間は惰性に流れる人生を歩むことができる。また飄々といい加減な言動を呈すこともできる。深刻な過去を背負っていても、人間は四六時中深刻な顔をできるものではないのだ。また、経験に見合った重厚な人柄が形成されるわけでもない。そのような当たり前のことを、本書の柚木は示してやまないのである。何といいキャラクターであろうか。
 さて殺人事件の方だが、事件関係者が38歳、高校時代は20年も前ということで、過去から連綿と続くしがらみや執着は、『風少女』(過去との時間差はたかだか4年)と比べてもなお重苦しく、かつ実人生の長さも相俟ってより苦味走ったものとなっている。20年で変わったものと変わらないものが交錯する様は、何と言っていいか、これこそ《人生》そのものである。今回もまた非常に素晴らしい作品であった。強く、そして広くおすすめしたい。前作を読まないといけないタイプの小説でないのもありがたい限りである。