不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

杜松の時/ケイト・ウィルヘルム

 地球では世界規模で旱魃が広がっていた。もちろん不景気となり社会不安も高まり、宇宙ステーション建設計画は中断される。この計画を主導していた宇宙飛行士(すごい科学者)2名は、1名は既に事故で命を落とし、もう1名もまた計画の失敗を見届けて悲しく一生を終える。だが、事故で死んだ方の博士は生前、娘ジーンに「言葉を思いのまま使えれば魔法が使える」と言い残していた。ジーンは長じて言語学者になっていた。一方、もう1名の科学者の息子クルーニーは、父親たちの隠された研究ノートを発見し、宇宙ステーションよ今一度と、友人の科学者たちと共同で政府に働きかける。そして遂に叶う計画の再開。だが、彼は軌道上で金色の筒を発見する。これは異星人のメッセージなのか? 彼は解読をジーンに依頼する……。
 色々あったジーンが、米国先住民の村落に身を寄せているのがとても素晴らしい効果を上げている。先住民族の生活(題名の「杜松」もこの絡みで出て来る)は、旱魃で存亡の危機に瀕する現代社会と対置されている。もちろん先住民の生活も旱魃のせいで苦しいわけだが、だからといって彼らは絶望したりこの世の終りだなどとは思わない。その逞しいが自然な姿勢は、宇宙計画に対するジーンの姿勢とどこかで軌を一にしており、見事なハーモニーを織り成している。
 世界全体が不安定に陥ったという設定に立脚した物語であり、登場人物も悩みがちであるため、全てが灰色で進む、という点では『クルーイストン実験』よりも度合いが強い。全体の雰囲気は沈滞気味であるが、だからこそこの作品は非常にじっくりと描き込まれている。そして、ジーンの信念は次第に強くなっていくため、(希望というほどでもないのだが)一条の光が常に差し込んでおり、過度に悲観的な物語はなっていない。SFとしては非常に地味なので、ガジェット多様系の華麗な物語を期待されても困るが、じっくり暗めの話に浸りたい人には強くお薦めしたい。訳も非常にマトモです。
 なお、ジーンという登場人物が突出して印象的であり、また女性ゆえの立ち位置から色々考えたり行動する面もあるため、フェミニズム云々という方面からのアプローチも可能であろう。ただし、作者の筆は終始淡々としているので、フェミニズム云々を嫌う人にも普通に読める小説にはなっています。ご安心を。