不壊の槍は折られましたが、何か?

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妙なる技の乙女たち/小川一水

妙なる技の乙女たち

妙なる技の乙女たち

 この連作短編集の舞台となる海上都市・リンガ(およびその上空)は、軌道エレベーターの存在という見事にSF的な事情によって成立した、2050年の未来都市である。元々は小さな島であったがメガフロート敷設によって面積も拡くなったという設定のこの壮大な舞台装置は、しかしテーマ上、直接にはそれほどの重きをなさず、文字通り主人公たちが生きる《場所》を提供しているにとどまる。各編の主人公には、軌道エレベーターの基幹業務に携わっている人は含まれていない。彼らはデザイナー、海上タクシー運転手、デベロッパー、軌道エレベーターアテンダント(になりたい人)、保育士など、リンガに住まう一般的な職業に就いている女性たちに過ぎない。彼女らは世界的事件にも大プロジェクトにも、直接は巻き込まれないし、間接的に関与しても物語が受ける影響は限定的で、人類の未来をしょって立つ云々という気概や重圧とは無縁である。彼女らの興味の焦点は、あくまで自分の《職掌》の範囲内にあり、全ての苦悩も喜びも、あくまで《等身大》なのだ。これを通して鮮明に立ち上がって来るもの、それは、架空の巨大都市リンガの、活気に満ちた様である。都市は人が生きる場所である。SFの未来都市であっても、それは変わらない。いかに軌道エレベーターと宇宙開発が傍にあろうとも、人々の日常は存在するのだ。
 唯一の例外は、最後の「the Lifestyles Of Human-beings At Space」である。この主人公・美旗は、ある大規模プロジェクトの責任者を務めており、物語自体一貫してそのプロジェクトの顛末を描く。しかしそのプロジェクトというのが「宇宙における食生活の改善」というもので、施策こそかなり大掛かりとはいえ、テーマとして「日常生活」を見据えていることは間違いない。
 この短編集を通して小川一水が描く「働く女性たち」は、いずれも本当に活き活きとしている。SF的なテーマの強調も、女権伸長論の強調も注意深く回避された結果、誰でも(恐らく非SFファンでも)十分に楽しめる一服の清涼剤、爽やかな普通小説としても読めるSF小説がここに顕現した。『妙なる技の乙女たち』は、高邁な理想や、センス・オブ・ワンダーの極大化を掲げる小説ではない。読みやすく親しみやすい、チャーミングな短編集なのである。