不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

迷宮課事件簿/ロイ・ヴィカーズ

迷宮課事件簿 1 (ハヤカワ・ミステリ文庫 48-1)

迷宮課事件簿 1 (ハヤカワ・ミステリ文庫 48-1)

 ご存知倒叙ミステリの聖典、迷宮課シリーズの初期作品集。全10編が収められているが、特に前半は筆致が非常に淡々としており、ミステリとしての本シリーズの特徴を明瞭に示しつつも、少々シニカルでありながら人間に対する真摯な視線が感じられるというあの独特の息遣いはあまり感じられない。要するに、犯人がそれほど《魅力的》とは映らない。ところが後半になると犯人側の描き込みがノッて来て、特に「黄色いジャンパー」「社交界の野心家」「盲人の妄執」の三編は、哀切な情感さえ感じさせる見事なキャラ立ちを見せている。特に「盲人の妄執」は、文体を変えて、日下三蔵編の怪奇探偵小説名作選(小栗虫太郎の巻以外)に紛れ込ませても気付きそうにないほど、怪奇・幻想性をも備えており、素晴らしい。
 倒叙ミステリとしての出来栄えだが、じっくり読まないと、なぜそれが犯人が捕まる契機になるのかわからないという点で、読み応え十分。ただし中には、「疑惑の契機になるのはわかるが、有罪にはできんよなあ……」「犯人のそのミスは迂闊過ぎるというか、いかにもご都合主義では……」というものが含まれていることも断っておかねばなるまい。読んでいて楽しいから、瑕疵としては些末なこと。いずれにせよ、お薦めのシリーズであることに変更はない。