不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

善人たちの夜/天藤真

 OL森井みどりには、早川修三という恋人がいて将来を誓い合っていた。でも金欠。そんなある日、早川の後輩・大羽弥太郎の父が危篤になる。大羽家は千葉の資産家であり、親戚一同は「親父さんが死ぬ前に結婚しろ、相手も用意している」と迫る。弥太郎はその場のノリで、いもしない恋人がいると口走り、進退窮まってしまった。そこで弥太郎は、もちろん手を付けないから、父が死ぬまで(たぶんもって数日程度)みどりを偽の花嫁としてつれて帰らせてくれ、もちろん謝礼は出すと修三に泣きつく。こうして、即席のインチキ新郎新婦は、大羽家で式を挙げるのだったが……。
 明らかな悪人は誰も登場せず、登場人物は、関係者の最大幸福を追求しようとしただけ*1。しかし、徐々に実にイヤらしく事態がねじれてくる。その過程の描き込みが本当に素晴らしい。ストーリーテリングの才が炸裂する。処女を不思議なほど作者が神聖視している点も、いかにもこの作家らしい。結果的に天藤真の最後の長編となった本作は、いかにもミステリといった形式を踏まないけれども、まさに彼にしか書き得ない小説となっている。ファンは必読。

*1:もちろん、インチキ婚礼に踊らされる大羽家の親戚一同にとっては迷惑千万ではあるのだが。