不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ヴェルフラージュ殺人事件/ロイ・ヴィカーズ

Wanderer2006-06-03

 海運商事会社の青年社長ブルース・ヘイバーションは、頭痛のためキニーネを服用した後、車で帰宅の途に付く。キニーネが効き過ぎてフラフラになりながら。そして途中で、友人の弁護士ヴェルフラージュに偶然出くわし、彼を依頼人レイブソープ夫人*1の家まで送り届けることになった。彼は「3分で帰ってくる」と言い残して屋敷に入るが、待てど暮らせど出て来ない。いぶかしく思ったヘイバーションは、薬でふら付きながらも家の中に入る。そして彼はそこに、人間の輪郭をした布切れの周りで悪人が数名たむろしているのを見かける。ヘイバーションは薬でラリりつつ、彼らに敢然と戦いを挑むが、いつの間にやら気絶。目が覚めてから車で追いかけようとするが、やっぱり薬で頭がダメになっており、運転をミスって電柱に激突してしまう。
 《迷宮課シリーズ》で見せた謹厳実直な作風とは様子が異なり、確かに真面目な筆致はそのままながら*2、話の展開には笑劇の要素を織り交ぜており、面白く読める。レイブソープ夫人邸での立ち回りが主人公の薬因性幻覚かもしれない、という不安感は、ミステリ的な興趣を盛り上げる一因ともなっている。また、そもそもいつまで経ってもヴェルフラージュの死体が出てないし、事件・犯罪の全貌がなかなか明らかにならない*3など、延々と《引っ張る》展開が読者の気を持たせる。ヘイバーションが二人の女性の間で揺れ動くのも見物か。
 というわけで、なかなかの佳作であると思う。ヴィカーズの長編がもっと読みたいです。誰か是非、ちゃんとした訳でお願いします。

*1:亡き大富豪唯一の遺産相続人として名乗り上げている。

*2:もっとも、これは訳の問題かもしれない。新訳で出して欲しいかも。

*3:遺産とかダイヤとかが絡んでいるらしいことしかわからない。