不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

追憶列車/多島斗志之

追憶列車 (角川文庫)

追憶列車 (角川文庫)

 短編集。以下のように、たいへん高水準。広くお薦めしたい。
 「マリア観音」は、冒頭に夫が妻の不貞を疑って凶暴性を発揮するので「そういう話か」と身構えると、急転して大分違う方向に行ってしまう。ラストとかしんみり。その肩透かしが非常に快い。
 「預け物」はユーモラスな一編。主婦の京子には、昔知り合いに預けた物があったが、その知り合いが急死してしまい、物はどうも他の人の手に渡ってしまったらしい。それを取り戻すため悪戦苦闘する……。どう考えても代替物はいくらでもあるが、お馬鹿な物語にはこういうのも効果的だろう。オチも素敵。
 「追憶列車」は、第二次世界大戦末期、パリからベルリンへの日本人の疎開を題材にしている。杉江松恋も言及しているが、こんなマイナーな題材にせんでも……(誉めてます)。このテーマはこの後、『マールスドルフ城1945』で長編として大成されることになる。「追憶列車」の方は高く評価したい。道中での少年と女性の恋(戯れ?)を、透明な筆致でとても美しく描いている。暗闇の中、干草のうえで「接吻して」という女の台詞が、強く印象に残った。
 「虜囚の寺」は、日露戦争下、ロシア軍人たちが松山で捕虜として囚われていたことを題材とした話。捕虜たち、道後温泉とか行ってかなり楽しそう。家族とかもいるし。戦時下の悲壮な空気は鬼のようにない。こんなユルユルでいいのか。でもこんな中でも、頑強に脱走を試みる奴がいるのだった。このドミトリエフ中尉と日本人収容所長との、敵対&信頼関係が素晴らしい。ラストは正直ぐっと来た。
 「お蝶殺し」は、清水の次郎長の後添え・お蝶が殺されるまでを描く小説。この手の歴史書小説はほとんど全く読まないが、非常にいいと思った。というかそう来ますか、という捻りがあって楽しかった。